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| 略歴 | |
| 名前 | 田口田 創四十郎 (たぐちだ はじめよんじゅうろう) |
| 発生日時 | 1970.09.03頃 |
| 生息地・特性 | 埼玉北部の川べりから南部に移動。汚れた環境を好む。いや好まない。いやもうどうでもいい。 |
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『ダイアクロン』との出会い 記憶に残っているので最も古いものは3才の時の弟が生まれた時のもの。朝方で、母親の実家から産婆さんのところに向かう車の中から外を見ると霧がかかっていたような気がする。霧のあたりとか若干思い違いとかあるかもしれない。まあその弟は今や3才児の父親ですが。トホホ。 その次がグレートマジンガーのジャンボマシンダーをねだった記憶。車のボンネットで相当ダダをこねている(笑)。放映年を見ると4才の時だから、まあ覚えていてもそんな不思議はないか。『マジンガーZ』も好きだったらしく、大人になっても母親に言われるのだが、ひらがなより先にカタカナを覚えてしまったらしい。マジンガーだけなのか、機械獣絡みで一通りなのかはあとできいてみよう。そのほか幼児の記憶として、アトランジャーのGoGo合体について、後になって実物を入手した時にああ、昔買ってもらったのはこれだったかと思い出したケースがあったりなかったり。 そうした過去の記憶やモノの記憶を思い出した瞬間、胸の中や鼻腔にぶわああぁと広がる何か。あの感覚を他の方にも味わって欲しいということはずっと思っています。リアルタイム世代であれば共有という表現が正しいのですが・・・。 実は『ダイアクロン』体験はリアルタイムではない。発生日時を見ていただいてもわかる通り、『ミクロマン』に夢中になった70年代を経て、『ダイアクロン』が始まる1980年は「おもちゃから卒業」してもいい年頃だったのだ。そして事実卒業していた。当時のテレビマガジンは『ダイアクロン』の連載がスタートした号と、もう少し後の1冊しか買ってもらっていない。しかも80年初頭からはご存じガンプラブームが始まる。当然アニメ好きのまま成長していた田口田はどっぷりとガンプラにハマっていったのだ。当然MSごとに異なるカラーを揃えるにも限界があり、グレー系でばかり塗っていた。いわゆるリアルタイプカラーである。しかし本家がリアルタイプどころかMSVまで始めてしまう。この時生意気にも「リアルタイプやカスタムなどはユーザーの楽しみであり、それを奪われた」感覚を味わう。そこで目をつけたのが日東科学のダイアクロンパワードスーツであった。 当時の時流にもれず、日東科学もまたリアルタイプ路線を展開していたのだが、ほとんどの商品は成形色を変えたのみ。剛毅にも中身とデザインのことなる箱絵を使用、改造作例をパッケージに載せるなどしていた。そう、実際に箱絵のものが欲しければ自ら改造せよという奨励でもあったのだ。特にキット版パワードスーツは1点100円という価格が魅力で、気軽に改造することもできたのだ。当時の自信作は今でも残っている。 | |